酔郷譚

お酒を飲めない、ほとんど飲めない、弱い、飲まない人が多い。昨夜酔郷へ行ってきて雨降りしきる帰り道街灯がアスファルトの水溜まりを照らす光さえもまだこちらの世界に戻ってきてはいないようで。こんな体験がお酒なしにできるだろうかと考える。催眠術にかかったことはない、というかかけられたこともないが陶酔、トリップの類は似たようなもの。縄で縛られてもう私はトリップしている。あなたに秘所を舐められて私は気を失う。抱えられてベッドに運ばれる。しかし酔郷というものは陶然とゆったりしていてお酒を飲んだからといって必ず行ける場所ではなく、何かがしっくり、あるいはストンとはまる。自分が一つの世界のピースとなる。だから私は余所者でもなくかといって取り込まれもせず足は地面に付きながらふわふわと視線は一点を見つめることなく時々ゆっくりと旋回される。

注文の多い料理店」のような店で電車の中で読んでいた「美味礼讃」を思い返しながら料理とワインを味わう。舌に溶ける水溶物と鼻腔に抜ける香りを。この本は酔郷へ行くのに役立ちそうだ。人柄の感じられる料理はなんと素晴らしい、と思いつつ。