暗い旅

地下鉄を歩いていてふと街で出会うあり得ない確率を思う。どんな顔をするだろう。あなた、あなたと呼びかけ続ける倉橋由美子の「暗い旅」を読んでいたせいで。あなた、と呼びかけられる主人公が悲嘆の涙に暮れ絶望の淵に落とされる度に私は甘美な気持ちになる

と真夜中に呟く

電車の中が貴重な読書の時間。それほどややこしくないものでかさばらない文庫を一冊、鞄に忍ばせる。ふわふわする。物語に染まって私は優雅に歩く。殺伐とした車内、疲れた顔の人たち、見えない争い

丸の内線の銀座駅構内でもしあの人に会ったら?

海の中何も見えない暗闇を泳ぐ。涙も海に溶けてしまう

消えてしまった、あなた

名前の交換を、交歓をするほどに愛し合えたなら。映画のように

それでもあなたは、山の彼方