湖畔で

湖のほとりの少し小高い所にあるホテルの部屋から空をずっと眺めていた。雲が立ち込めたかと思うと薄い水色の空が現れその中に段々になった薄い雲が急に現れ、またさらに薄い雲が流れていくとも分からないまま消えたり現れたり、そう思うと山並みの上に真っ白い塊のような雲が動かずじっとしていたりした。4本の杉の木が山並みに垂直に目の前の庭に聳えて、やがてその木々の間に日が落ちれば真っ黒い影となって目に焼き付いた。

確かに静かではあったけれど、水辺に引き寄せられる欲求とは何か違う気がした。そこはむしろ山なのだし。次の日、海辺のホテルから都市の風景と大きな船とうねる海を見てとても落ち着いて帰ってきたような気持ちになった。

愛について

愛は暴力かと思っていた

あまりに自然な

ありふれた

あの日だって

赤ん坊の泣く

あの日だって

重力を失った手のひらが

木の葉のように舞い落ちる

戻される

愛によって

まるでなかったかのようなやさしさで

開いた傷口も縫い直される

まるでなかったかのように

あまりに自然な

呼吸のように

突然の火花が散って終わったりしない

一つになれないことを悲しんだりしない

永遠の微笑みが

二人を包む

 

double image

一瞬でも長時間でも同じ紙の上に記録されればたった一枚になる。雨晒しに色は褪せ薄く薄くなっていっても、数メートルの波をかぶった小学校に貼ってあった写真のように。あるいは木の葉のように流されて土に埋もれて消えてしまうだろうか。掘り起こされた遺物から歴史家が紡ぎ出す物語のように、抱き合ったままの二人の体を誰かが見つけるかもしれない。記録と記憶を重ねて、糸と糸を結んで、壁にとめられた一枚の写真。

 

 

部屋

今日も晴れ。明るい部屋にいる。二つの本棚、と棚、ガラス、水の入ったグラス、紫のアネモネ、メモ帳、年末に買ったカーペット。冬の低い太陽が差し込むこの部屋が居心地がいい。視線を移ろわせても移ろわせなくても、飽きることがない。今日はそんなに寒くもない。音楽。ここに足らないものなどあるだろうか。少なくとも明るいうちに。

eternity and a day

一本の蝋燭に照らされた窓ほど、奥深く、神秘的で、豊かで、暗黒で、眩いものはない。

ボードレール

 

年によって違いはあれ誕生日が冬至だということを考え始めたはここ数年のこと。一番昼の時間が短い日に生まれたなんて、弱々しい仄暗い光の中にいるようで。

確かに東京駅でタクシーから見た風景は美しかった。冷たい空気と冬の光の中、厚い服を着込んだ人々を大きな道路と建物が囲んでいる。

ホテルの窓からは東京タワーの真ん中から上の部分だけ夕焼けと同じ色をして佇んでいるのが見える。

まだ誕生日の4日前。特別な日と決めてかかってアテが外れた。部屋を去っていく人を怒ったような目で見つめていた。

一番好きだと言っていた映画のDVDをだいぶ前に手に入れて3回見た。この映画のどういうところが好きなのだろうかと重なる部分を探しながら。

素敵な箱。シャリマーの紺色。二人でいる時のいつもの香り。

冬至生まれなんて素晴らしいことだと。クリスマスと同じで、死んでまた生まれる。

こちらからはクリスマスプレゼント。包んだ紙を解いたら叫んで、子供のようにはしゃいでいた。

どこのシーンが好き?バスのシーン。同じだね、詩人が乗ってくるんだよ。

 

誕生日の1日前に。

 

 

 

 

内川

ひたふたとふ声かくるればぽちやうん月おつる

 

ああ誰もいなくなつたはしなげくぎぎぎぎぎ船らのおと

 

まとふものみな湿り気を帯びるかな運河の満ちて境ふめいの

 

十六夜の月くもに顔出して路も水も空気も道連れ

 

お囃子の音すれ違ふ夜歩きの人らただ水は湛えて静か

 

昼夜もしじまに船らぎぎぎといふからはつとする独り歩きの

 

みずよりか来た人生きる人なりやbridge barといふ夢の中