the end in sight

そこには花もない。春の風の吹き込む窓もない。あるものと言えばなにもない。薄茶色のカーペットの上を行ったり来たりする。ただヒソヒソ話のつもりなのか、空っぽの空間に響き渡る。部屋にずっといるのよ。全然出てこない。ただ歩いてる。一歩にも満たないその距離と重さが彼女の重心となる。唯一の紙に文字を書くことのできる固い台である小さな窓口で手紙を書く。そこはまだ部屋の中なのだけど。愛というには稚拙なラブレター。目標体重に達したら温泉旅行に行きたい。彼女はその部屋でダイエットしようとしていた。綺麗になるために。一度だけ行った温泉旅行が一番の思い出だったのかもしれない。疲れ切った男と、押し黙る彼女。静まり返った湖のそばで。彼女は幸せ者だった。いつでも戻れると信じていたから。

 

 

 

アンナ・カヴァンアサイラム・ピース」読後に。