only connect

伊勢丹の地下という既視感のある待ち合わせでワイン売り場の中、背中から出会う。振り返るとその人がいて同じようなことででも全く違う。日々の営みも時間も出来事も繰り返されただ少しだけの違いのようでまた新たな生を生きている。プログラミングされた遺伝子も日々生まれ変わる細胞も息の根を止められるような。新しい日。偶然にもちょうど3月8日。会ってから一年目。シャンパンを奮発するのかと思えばハイコスパだというスパークリングで別に記念日というほどのものではない。今までの歳月が2人に同じ流れを注ぎ込んだくらいで、注ぎ込まれた泡とデパ地下のキッシュとサバの何かとオリーブのパンといぶりがっこのスティックみたいな、早く着いて練り歩いて買われたモノが注ぎ込まれていやその前から、ホテルの準備待ちするコーナーで2人はもう口づけを交わしていた。

気持ちが噛み合わない時に先を歩いて行ってしまう、そういう時が悲しい、いつも並んで歩いていたい。そんなことを言うつもりでいたのがその隙もないくらい心地よい空間で会えば話すことが次から次へと出てきてそして永遠とも言えるほど黙っている繋がった時間に息と肌の呼吸のようなものしか聞こえなくてもそれは会話と言っていいのだろうか。BGMで古いジャズが心地よく流れて遮るものは何もない。ただ繋がっていればいい。言葉を口にしてもしなくてもいい。口にすればまた笑って弛緩して、体を辿れば触られるのは好きだと言う。硬くなったものを摩れば仕事でも同じようなことをしているけれどこの人のものはこの人なんだから、ソファーでふいにしたくなって絡んでどこかへ行ってしまっても、また知らず繋がって目を瞑っても繋がったままでいる。

ワイングラスを寝っ転がって蹴飛ばして割ってしまったと大笑いしてまた美味しいものを食べている。食べないと生きてられないから。2人で過ごすといつもあっという間に時間が経つことを注意しなきゃならない、という蛇足付きな。