飯田橋

ひりつく記憶を口の中に押しとどめて、手と皮膚の接地点に意識を向ける。よりによって不可思議なこの場所。あの人が通っていた場所。手が膝を愛撫する。伸ばした脚の緩やかな、もしくは僅かな曲線について。筋のつくる影について。関係性自体ではなくいろいろな言葉について。恋愛、リレイション、彼女、彼氏、女、俺、僕、私。窓からの薄い光がテーブルの上の水の入ったグラスをすり抜ける。ふたつの。距離を保って置かれた。この辺は絶望的。チェーン店しかないとか。何を買ってくるかと思えばパン屋さんのパンを大量に。とソーヴィニヨンブラン。草っぽいのが特徴とか。確かに草の味がする。何度でも口付けていい何度でも味わっていい、触れてもいい。時間は確実に過ぎるけれど。陽が傾いてきたのが分かる。プラス510円で朝の混雑した電車を尻目に優雅な35分。体の一部にさゆりさんがいるような感じ。Tさんはこの後接待の会食。離れる時間の気配。もがれる気分にならないようにコーヒータイムをつくってみた。ずっと横になっていた体を縦に戻す。テレビのYouTubeからは緩めの音楽。喫茶店にいるみたい。少し離れたほうがよく見える。横顔をじっと見つめられる。きれいでとても好きだと言う。有楽町線は嫌いだから丸ノ内線後楽園駅まで。地下に降りようとしたら地上にあるんだった。近づいて手を握る。セックスの時も握られた手。またね、と別れる。