汐留

堰き止められた汐は海へと散っていく。

満たされたもの故の哀しみ

馴染みのビストロの二階、店内は見たところ満席なのに、両隣からも空間に満ちた音もうるさく感じない。目の前にいるTさんとテーブルで隔てられてはいるけどとてもスムーズに会話ができる。何にも隔てられてないような。互いの言葉を聞いている。私の声はよく聞き返されるけど、そんなこともない。いつも居心地がよくて気付けば何時間も過ごしてしまう。でも早く部屋に行きたいから。ガッツクにふさわしいビストロ料理。早く平らげてしまって、ワインも飲んで、デザートにアイスクリームを食べて、甘いワインも飲んで。一つのグラスに入れられた甘いシェリー酒のかかったバニラアイス。Tさんはカラメルみたいな苦味と言い、私はカラメルとは違うと言い、互いのスプーンがアイスクリームを口の中に運んでいく。あれはやっぱりカラメルでよかったかも。

3615。部屋に着きトイレに行って戻るとソファーで窓の外を眺めている。とてもゆったりした格好で魅入っている。たぶんビルの上の赤いランプに、私が魅入られたように。同じ景色を見ているのかは分からない。同じアイスクリームを食べるくらいには同じかもしれない。たぶん、私は景色を見る間も無くキスをした。もう記憶はおぼろげ。ほとんど消えてしまった。溶け合って消えた。キスがとてもおいしい。今日食べたどんな料理やワインより。食べ物でもないのに、なんでおいしく感じるんだろう。特別な味がするわけではない、感触だけなわけでもなく、ひたすらおいしくて幸せな気分になる。あとは何も覚えてない。終わった後も手や足に何度もキスされてただ心地よかったことと、もうだいぶ遅い時間、Tさんが帰り仕度を始めて服を着ながらもこちらをずっと見ていたこと以外。

見つめられる喜び。それを見つめ返す喜び。遊びのように。名残惜しげに足にキスをしながら、

楽しいね。楽しくない?

ずっと満ちたまま。