柔らかいもの

ひやっとするガラスも都市の中では柔らかい。通り抜けできるかのように私を映す。後ろには反復する通行人。何度も通り過ぎた場所。その度に自分の姿を確認する。切り取られた景色は機械の中に放り込まれる。柔らかいもの。アスファルトの道端で咲く真っ赤な彼岸花

紺の絹地のワンピース一枚越しの私のお尻は柔らかい。触ったあなたの手の中にいつまでも感触が残りそのあなたの感触に私は満たされる。冷たいエスカレーターの右にも左にも反射された二人がいる。確認する必要もないくらい明白だからちらっと覗くだけでいい。ただの通り過ぎる景色でも網膜に刻まれるような。

しこたまワインを飲んで歩いている。いつの間にか改札に着いている。私は乗りあなたは乗らない。抱いては口付けし抱いては口付けし何度めかでようやく放たれ歩き出す。靴が行き先を知っているように、地下鉄の階段を降りる。

寝ている時に無意識にネグリジェを破いてしまい片方の乳首が露わになっている。無意識にというのは破いたことを覚えているのだから矛盾してる。寝ている時も正確には寝ぼけていた時か。おそらく何か不快感を感じて。

昨日今日とやけに現実的な夢を見た。ある家になぜか入り込んでそこでは家族が暮らしているのだがそのうちの女性のサロンのようなものに参加しその女性はなぜか映画監督もしている。そして何やら会話をしたり親しく通っている様子。夢らしき不合理なところはどこにもない。今日のは結婚相談所の夢で、いつの間にか入会していて費用を心配しているのだが男性と何やら会話したり交流している。これも大して面白くもない映画を見たような感じで目が覚める。

このところ不活動な毎日を送っているからこんな刺激のない夢を見るのだろうか。ただぼうっと宮沢賢治の田園風景のような景色を眺めて(ノルシュテインでもいい)いつまでも夜が明けないような夢を見たいものだ。

失われた時を求めて」の5巻まで読み終えて分厚い文庫本を手に取りいくらか読んでまた置きまた手に取ってページを捲る。するとまた同じ調子で文章が延々と続きそれはまるで夢の続きのようで延々と終わらない夢のようでもある。今はゲルマントの方でスワンが出てこないからスワンの方が懐かしくなる。夢の中で懐かしんでいる。

ろくに外出もしないのでただ時の流れるまま放っておいていて夕刻になると酒を飲み出す。するとどこかで灯りがともったような気がする。

焼き魚

昨日はパンが食べたくてスーパーでたくさん買ってきて食べた。今日は焼き魚が食べたい気がする。一人だとなかなか魚を一匹焼いたりしない。そうなるとどこかへ食べに行く必要がある。ちなみに今はベッドに横たわっている。寝巻きのままである。昨日パンをたくさん食べたのは満たされた。食べたいものを食べるのが一番いいんじゃないかと思う。代替品では満足感が得られず逆効果になる。焼け石に水とでも言おうか。とにかく今は寝転がっている。静止した芋虫のように。もしベッドから起き上がり日焼け止めやら化粧はまあどうとでもしてある程度の身支度を整えられたとして焼き魚を満足のいくように食べられる場所はどこだろうか。と考えていたら近所の蕎麦屋が浮かんだ。

マドレーヌ

梅雨末期の大雨に真夏のような暑さ。昨晩はぐしょ濡れのように帰ってきて即シャワーを浴びた。

濡れそぼる君の袂の滴をば枯らすものなら秋も憂きもの

もうすぐ生理の予定なので早めに休み期間とする。わりあい働けたから。というところで注文した古書の「失われた時を求めて全13巻」が届く。無音で読み始める。

本を読む時音楽を聴きながらか無音か、分かれるだろうか。この襞ひだを辿っていくには無音の方がいい気がする。

マドレーヌ、と紅茶に浸すことと、食べること

記憶の広がり、構築は夢……映画の「インセプション」を思わせる

「心貧しきものは」

Clear your mind of cant.

無であれば異質と思うこともないだろうか。

感じて、そのものになる

 

さまよう物語

矛盾に満ち、野蛮で、不安定で、漂うような物語のことを、プリニウスは「さまよう物語」と呼んだ(『博物誌』第五巻三十一章)。それはまた、最後の王国でわたしが実践する、王のごとき人生でもある。

パスカルキニャール「静かな小舟」

 

履き慣れないサンダルで歩き回った後の足に水脹れができている。その足の指は昨日の痛みを記憶している。潰してはいけない嚢。脹脛や内腿には何箇所か青くなっているところがある。もっといろんなところを噛まれたけれど見える範囲ではそれだけ。以前「調教された」と言ってたのはM女性にということだろうか。そこまでは聞かなかった。

その青い痕を残したセックスはあまりに与えられたのでなんだか信じられないような気持ちになる。頭を抱えるように抱きしめられたのもその腕の力が初めてだったから少し面食らった。与えられたと感じるのは自分が欲しいものだからでそれほどまでに丁寧に扱われたことが満ちることなのにやっぱり驚きを感じてしまう。

旅を挟みひと月ぶりでなかなか会えなかったことに対し不満をぶつけていた。他の肌や舌を感じていてもセックスはしていない。じゃあ何をもってセックスというのか。とりあえずしてない。どれだけ精液を浴びても、どれだけ濡れても。どれだけ自分でしても。Tさんのものしか舐めない。

ずっとセックスのことばかり考えてた。静かな小舟の中で。

匂い

耳元に顔を寄せれば私の匂いがする。情景の繰り返し。

子供の頃行った海水浴場の潮の匂い。他の海ではそんな匂いはしなかった。目でもなく耳でもなく、結び付いた記憶が身体中に満ちる。見えないもの、聞こえないもののほうがより大きな体積を持つ。

耳元に囁く言葉ではなく、ただ顔を寄せた人。顔を向ければいつの間にか口付けしていた。言葉はない。電車を待っていた。分かれの時間。

二度の口付け。

思い出すのは頭なのに身体中の血が巡るようだ。ぼおっと、火が灯る。燃える緑を見て圧倒されていた時も、内では灯り続けていた。消えない火はあるだろうか。

匂いと一緒に吸い込まれた。私という物体があなたを充たす。

ホームのざわめきや電車の来る音も記憶されることはなく。