匂い

耳元に顔を寄せれば私の匂いがする。情景の繰り返し。

子供の頃行った海水浴場の潮の匂い。他の海ではそんな匂いはしなかった。目でもなく耳でもなく、結び付いた記憶が身体中に満ちる。見えないもの、聞こえないもののほうがより大きな体積を持つ。

耳元に囁く言葉ではなく、ただ顔を寄せた人。顔を向ければいつの間にか口付けしていた。言葉はない。電車を待っていた。分かれの時間。

二度の口付け。

思い出すのは頭なのに身体中の血が巡るようだ。ぼおっと、火が灯る。燃える緑を見て圧倒されていた時も、内では灯り続けていた。消えない火はあるだろうか。

匂いと一緒に吸い込まれた。私という物体があなたを充たす。

ホームのざわめきや電車の来る音も記憶されることはなく。