潮沫

潮沫のはかなくあらばもろ共にいづべの方にほろひてゆかむ

斎藤茂吉「赤光」

 

雨の朝。じっとしてると少しの冷たい空気、湿度。入院にも持っていった二頭の鹿が描いてあるクッションを抱える。物憂い。雨のせいだけじゃなく、退院してから鬱気味になっている。顔の中に埋まっていた金属を全て外してまた顔の皮を戻し縫い付ける。手術中どんな有様になってるのか想像もつかない。まだ口の中には糸がたくさん。抜糸まで我慢。去年からちょうど一年。これでやることはやった。あとはリテーナーという歯の保定装置をまじめに付けてればいいだけ。顔の腫れも去年みたいに徐々に徐々にひいていく。

一週間ぽっちの入院だったけど絶えず緊張状態にあったから反動で鬱になってるのかもしれない。仕事にいつ復帰しよう。音楽を聴き本を読み単純作業のゲームにもハマっている。さっと簡単な料理をして、買い物で必要なものと美しいものを買い、Tさんにラインする。Tさんとしか話したくない。母親からの連絡も無視している。ひとりでいたい。意識的ではないけど篭ってしまっているみたい。エネルギーが乏しい。パソコンの中には無数の写真が宙に浮いている。眠っている。それを掴み出そうともしない。

TさんとのラインはQ&Aになってない。お互い感じたことを呟いて、でもスルーしてるわけではなく、ただ言う必要がないだけ。いつも二人で。何か得体の知れない共有感覚がある。先月も今月も一回ずつしか会えてないけど、また近いうちに会えるだろう。会えばすぐに手は手の中に。欠けた破片がはまるみたいに。