南青山

蔦の絡まる奥まったところにあるドア。初めて来た時は開けるのに勇気が要った。この扉を開けていいものか。確か雨が降っていた。もうコロナの時期だったのか横の窓が半分開いていて雨粒がぴちゃぴちゃ跳ねるのが見えた。その時はきっと庭のほうを向いて座ったのだ。大きな窓の外には急な斜面のように迫り上がった庭が見える。その時も鮮やかな緑だったような。その出入り口に一番近い窓際の席にTさんと向かい合って座る。今度は庭を背にして。Tさんは目の前の庭を目にして何か感じ入っているようだ。桜の季節だったらとかあのもみじはなぜか微かに色付いているとか。最初にこの店を訪れる時の体験に相応しい。さっきまでいたお店は料理とワインはとてもおいしかったけど最後にサービスで出されたコーヒーはおいしくなかった。でもとにかくとても素敵なお店だったから地図で確認したらお気に入りに登録してある蔦珈琲店がすぐ近くだったので、おいしいコーヒーと甘いもので口直しするのもいいかと思ったのだった。

ちょっと地図を見せただけでとことこ歩いてすぐ辿り着けるという、方向音痴の自分からすると変なところに感心してしまう。どちらもケーキセットを頼んでTさんのカップは真っ白に金の縁取りの、私のは白に薄青で花の描かれたカップ。真っ白というのも珍しいし、薄青のほうの白い余白の取り方が絶妙だね、となんだかほっとひと息というよりは緊張感のある会話。つい裏返してみたくなる。日本製のokuraというところのもの。カップが小さめなのも家で飲む大ぶりのより緊張感があるとか。

こちらから振り返らないと庭は見えない。と思ったら前方の壁に円形の鏡が飾ってあることに気付く。そこには見事に鮮やかな新緑が映し出されている。ほんとうにまんまるな鏡。まるで窓のようでもある。借景という言葉が思い浮かぶ。幸福な空間、ああいう喫茶店は京都によくある、一緒に京都行くのもいいかも、と思いがけず寄り道した喫茶店から見えない空間が広がっていったみたい。それは何かとてもうれしい。

店を出る時立ち上がって鏡の前に行ってみたら鮮やかな緑の背景に自分自身がくっきりと浮かび上がる。映っている、だけのことなのに。あまりにも己に正対するようで息を呑む。たぶん季節によって背景は違ってくるんだろう。それでも自分は変わらないままだろうか。

楽しい時間はあっという間。という同じ言葉。

毎回魔法が起きるような